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「ドラえもん」は1970年1月号の小学館学年別学習雑誌にて連載開始、1979年にテレビ放送が開始され、1980年に初映画化された。2013年には映画シリーズの累計動員数が1億人を突破するなど、長年にわたり愛され続けているこの国民的マンガを、3DCGアニメで製作する。そんなビッグプロジェクトが動き出したのは、2010年6月のこと。『friends もののけ島のナキ』(11)をプロデュースした阿部秀司氏と現シンエイ動画社長で当時テレビ朝日のプロデューサーとして『ナキ』にかかわった梅澤道彦氏の会話からだった。

阿部氏は語る。「当時ピクサーの『トイストーリー3』(10)が大ヒットしていた頃で。あんなふうにノスタルジーを感じさせ、大人も楽しめる3DCGアニメーションを日本映画でも作りたいと思いました。『ナキ』のスタッフ、チームならそれができるし、1作品でチームを解散させるのはもったいない。挑戦していきたいという思いがありましたね」

梅澤氏もそれに同意する。「『ナキ』のスタッフでピクサーに負けないものを作りたいと思いました。3DCG映画作りのノウハウや技術を進化させるためには、作品を作り続けることが大切。僕が(『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』を制作する)シンエイ動画に異動したタイミングでしたし、『ドラえもん』はどうかと提案しました」と振り返る。

そしてまずは、山崎貴監督にプロットの執筆を依頼することに。並行して、藤子プロに3DCG映画化の話を持ちかけるが、当初はあまりいい感触は得られなかった。

藤子プロ社長・伊藤氏は語る。「当初、藤子プロとしては、例年上映されている春の映画との兼ね合いをどうするのか。そして、いざドラえもんを3DCGにした時にクオリティとしてよいものが出来るのか。その2点を考え、すぐには答えを出せませんでした」

ただ、そんな伊藤氏の悩みも約1ヶ月後には解消される。山崎監督から届いたプロットは、原作からいくつかの短編を選び出し、組み合わせて、一つのストーリーにしたものだった。山崎監督はそのプロットと共に、思いの丈をつづった手紙を書いた。阿部氏と梅澤氏からそれを受け取った伊藤氏は、翌日には「このプロットは断れない。それほど原作を丁寧に読み込んだ内容だからです。ぜひ映画化してもらいたい」という返事を出したという。

山崎監督は語る。「企画が通ったと聞いたときはびっくりしました。『ドラえもん』はすでにアニメ映画が成功していますから、3DCG映画にできる確率はそれほど高くないと考えていたので。企画が通ったら、(同じ白組所属で、『friends もののけ島のナキ』で共に監督を務めた)八木(竜一監督)に加わってもらおうと思っていました。『ナキ』を一緒に作って、チームの完成度はわかっていましたから。もし僕が白組の人間じゃなかったとしても、八木に話をもちかけていたと思いますね」

山崎 貴 監督 1964年6月12日生まれ。長野県出身。CGによる高度なビジュアルを駆使した映像表現・VFXの第一人者。代表作は『ALWAYS 三丁目の夕日』『永遠の0』など。今や日本を代表する映画監督の一人として数えられる。
八木竜一 監督 1964年12月19日生まれ。東京都出身。CMのデジタルマット画やゲームムービーのCGディレクションに携わる。日本初の長編3DCGアニメ『friends もののけ島のナキ』で組んだ盟友・山崎貴と本作で再びタッグを組む。

こうして山崎監督×八木監督の再タッグが決まり、脚本開発とキャラクター開発が並行して行われていった。特にキャラクターの開発にはかなり時間をかけている。八木監督を中心に藤子プロのスタッフも参加し、マンガの登場人物たちを原作のイメージを損なわず、立体化していく作業が進められていった。2010年11月頃からキャラクター開発に着手し、完成したのは2012年1月のこと。実に1年以上の月日が流れていた。キャラクターの目はどんな目なのか?手足の大きさは?後ろ姿は?ドラえもんの質感は?……と、3DCG化するにあたって細部までひとつひとつ決めていく必要があったのだ。中でも、各キャラクターの髪型は特に苦労した部分だという。

表情については、マンガから各キャラクターの顔を抜きだし、笑顔、泣き顔、怒った顔……というように感情ごとに分類して分析。できるだけ原作の雰囲気のまま3D化することを心掛けた。八木監督いわく「マンガの表情はオーバーアクトなんですよ。口が波形になったりしていますし。映画では、その表情を各キャラクターにどう落とし込むかが課題であり、面白いところでもありました」。たとえば、八木監督が「ぜひやりたかった」と語るのが、原作でよく使われている“3”の形の口。「人間はこんな口はできないんですが、原作にもありますし、劇中いろんなカットで使いました。ブツブツものを言うときとかに使いやすいんですよ」。また、原作に頻繁に登場する“3”の目(3の形で表現する目)は、のび太にも2カット使われている(冒頭、メガネをはずし寝ているシーンなど)。「3の目は、人間のキャラクターで3D化すると、口が3つみたいに見えてしまうんです。でも、やらないわけにはいかないだろうと思って、のび太にだけ目立たないようにひっそりと使っています(笑)」と八木監督は言う。

マンガっぽい表現とリアルな表現の境目をどこに設定するかは、『ナキ』のとき同様、かなり難しかった。「今回もかなり悩みました。まず大切にしたのが、ロボットと人間の差別化をすること。ドラえもんに関してはロボットなのでマンガ的な表現もOK。だから、目の造形は原作通り黒目が閉じていますが、人間のキャラクターは原作と違い、まぶたが閉じたり、しわでリアルに表現するようにしました。今回目指したのは“マンガらしいリアル”。マンガ的な動きにリアルな質感を持たせた表現をたくさんやっています」

アニメ映画の制作時に欠かせないのが絵コンテ。『ナキ』では山崎監督と八木監督が、10~15分ほどのシーンごとに交互に担当していたが、今回はすべて八木監督が手掛けている。

キャラクターの動きに関しては、役者の演技をモーションキャプチャーで取ってもとにするのではなく、アニメーターがひとつひとつ手作業でアニメーションをつけている。短いシーンは一人のアニメーターが担当し、長いシーンは何人かで手分けする形で行われていった。八木監督はそれぞれのシーンでキャラクターの表情や動きを演出。何度もアニメーターとやりとりし、ブラッシュアップしていった。「今回、アニメーターが14、15人いるんです。その人たち一人一人と、各カットについて話して『もうちょっとこうしましょう』っていう話し合いを何度も繰り返して最終的な動きになっていますね」

ちなみに、ライティングに関しては、実写映画に近い形で行っている。実写の場合は、光の色、強さ、角度を調整し、登場人物やセットをライティングするが、今回のような3DCGアニメ映画でも理論は同じである。「3DCGの場合はデジタル上にセットが組まれているようなものなんですよ。そこで日差しはどこから来ているのかと考え、必要なら補正して、ライトを足して調整したりします。また、必要とあらば、各キャラクターを個別に照らしたりもします。実写的な考え方に近いです」と八木監督は言う。

のび太の家関連の背景(外観、玄関、2階に上がる階段、居間、のび太の部屋など)は、6分の1のサイズのミニチュアで制作し撮影している。中でももっとも精巧に作られていたのがのび太の部屋。プラモデルの箱、本棚の本などもすべて作り込まれている。山崎監督は言う。「のび太の部屋のミニチュアには、とてつもない情熱が詰まっていました。そのままどこか実際にある部屋を使って撮影しても良かったんじゃないのと思うほど、リアルに細部までこだわられていましたね」

ミニチュアの制作期間は、のび太の部屋だけで半年以上。すべてのミニチュアを完成させるまでには1年ちょっとかかっている。

ミニチュアの実写映像にCGのキャラクターを融合させるのは、山崎監督と八木監督が「鬼武者3」で取り入れ手ごたえを感じ、『ナキ』でも採用していた方法である。ピクサーの作る3DCGアニメとの一番大きな違いをあげるとすれば、この点にあると言えるだろう。ミニチュアを使うメリットとしては、CGキャラクターと背景が違和感なく揃わないといけないので、キャラのクオリティが上がること。デジタルだけのツールでは表現できない、手作りのミニチュアならではの温かさがあることなどがあげられる。また、実在するミニチュアを撮ることで、リアリティも出すことができる。

のび太の家の間取りは、原作のマンガをもとに設計している。「『ドラえもん』のファンの世代は大きく三つに分かれるんです」と八木監督。「僕はマンガで育った世代でオールドファンの部類です。続いてアニメの第1期世代。大山のぶ代さんがドラえもんの声をされていた頃です。僕より若いスタッフは大体この世代ですね。それから、声優陣が一新された第2期世代(2005年4月15日以降)です。今回はマンガに忠実に“原作原理主義”で作りました」

のび太の家の間取りは、アニメの第1期では、出入り口がふすまになっているが、原作と第2期アニメではドアになっている。また、第1期のふすまの位置はのび太の机から見て右側にあるが、原作や第2期アニメではそこは押し入れとなっている。本作では原作どおり、出入り口をドアにし、のび太の机から見て右側は押し入れに設定している。「ですから、第1期アニメ世代の方は、間取りが違うと感じられるかもしれませんね」と八木監督は語る。

「『ドラえもん』ほど3D向きのコンテンツはない」と阿部・梅澤両プロデューサーも言うように、ドラえもんの世界は、3D映像で観るとよりリアルに体感でき、楽しさが倍増する。

八木監督がもっともこだわって映像化したシーンのひとつが、“引き出し”のシーン。この“引き出し”は、原作でも大きなポイントとなっている。というのも、「ドラえもん」は、連載開始の前月号(1969年12月号の「小学四年生」)に、引き出しから何かが出てくるという予告が載ったのが始まり。そのときはまだ「ドラえもん」というタイトルも、何が出てくるかも決まっていなかった。


©藤子プロ・小学館

八木監督は語る。「『ドラえもん誕生』っていう、ドラえもんができるまでを藤子F先生が描かれたドキュメンタリーマンガ(1978年「コロコロコミックデラックス」に初出)によると、予告が掲載されてからも、藤子F先生は引き出しから何が出てくるのかわからず悩まれていたそうなんです。でも、あるとき、何でも出してくれるロボットが出てくればいいんだって閃いたそうで。もともと引き出しから何かが出てくるというアイディアから『ドラえもん』は始まっていることが、すごく面白いと思ったんです。自分の部屋の引き出しが異空間と繋がっていて、いろんな場所に行ける入口になっている。それがこんなに面白いことなんだと伝えたくて、何度も引き出しのシーンを登場させました」

数々のひみつ道具も、3Dの奥行きのある映像で観ると、マンガやアニメでは味わえない新鮮な感覚をもたらしてくれる。「ひみつ道具を使って、不思議なことができるというのはすごく面白い」と八木監督。「どこでもドアも3Dで観ると、すり抜けて別空間に行ける感覚がよりリアルに感じられます。通り抜けフープとか、ストレートホールとか空間がつながる道具はどれも絵として面白いものになっています」

そんなふうに、非日常と日常が地続きで繋がっているのも「ドラえもん」の魅力の一つだと八木監督は分析する。「もともと藤子F先生はシュールレアリスム(超現実主義)がお好きだったそうなんですが、『ドラえもん』が面白いのはシュールレアリスムの絵が面白いのと同じ感覚だと思いますね」

一方山崎監督は、「ドラえもんの道具をもし自分が手に入れたら、どんなことができるのか、3DCGだからこそ体感することができます。僕自身の子ども時代の夢でもありますし、お客さんにも追体験してもらいたいですね」と3DCGの見所を語る。

本作のハイライトのひとつが、タケコプターで空中散歩するシーン。「空を飛ぶ行為が、これほど気持ちいいことなんだと体感してもらえるのではないでしょうか」と八木監督は語る。

このシーンを作る上では、のび太とドラえもんが目にする広大な背景をCGで作り上げる必要があった。引いたカットの場合は背景をそれほど作り込まなくてもよいが、寄りのカットでは細部まで作る必要がある。そのため、前もってドラえもんやのび太が飛行する軌跡を決定。カメラワークを確定させた上で、効率よく作業を進めて行った。ミニチュアを元にCG上で家を建てて、デジタルで街灯や電柱を作り、電線を添わせ、車を走らせて……と一つ一つ手作業で、背景を完成させている。

のび太とドラえもんが線路の上を飛んでいるときに小田急線(「おだきゅうせん」ではなく「こたきゅうせん」と読む)とすれ違うシーンでは、運転手やお客さんをCGでたくさん作り込んだ。その後、タケコプターで上空に上がると、遠くに見えるのは新宿副都心。さらに、別方向には東京タワーも見える。その街並みの表現から、公衆電話や標識の形、路肩の様子、さらにのび太の家の玄関のカギ穴までも、本作の舞台となる70年代の時代考証を行った上で作っている。「70年代は博物館に資料があるほど古くないですし、当時のことを調べるのは難しかったです」と八木監督。その頃に撮られた映画を観たり、監督自身の記憶も活かしたりしながら制作を進めていった。登場人物の衣装についても、リアリティを持たせている。「当時の小学生は、のび太みたいな人がたくさんいたんです。だから、のび太に親近感を持って下さる方も多いのではと思います。僕ものび太みたいな髪型で、半ズボンに運動靴を履いていたので、デザインする上で自分の小学生の頃の写真を参考にしたりもしています」